リチャード・ウィルソン(イギリス)
この階段の作品の下には地下の巨大な機械室に降りて行く本当の階段があります。なおかつこれはその地下の機械室の排気口にもなっています。階段はそのなかに隠された姿をも示しているのです。彫刻は典型的な英国式階段に似せてアルミニウムの鋳造でつくられています。ウィルソンは奇想天外な方法によって現実の空間を変容させる作家です。
新宮 晋(日本)
新宮晋は動く彫刻をつくる作家です。地球の呼吸ともいえる風や、血液ともいえる水という、自然のなかで形になりにくいものを、金属の工作物によって捉えようとしてきました。それは手品のような童話の世界です。風や水という透明なものの存在を知らせるためにこれらの仕掛けは微妙で精巧なものでなくてはなりません。そこに作家の力量があるのです。
チャールズ・ウォーゼン(アメリカ)
ウォーゼンはチューブを使った有機的な形をよく使います。今回つくった4つの散水栓のためのカバーはすべて植栽のなかにあります。植栽は街が存在する以前にあった自然の緑を思い起こさせます。昔、人びとは水を井戸から汲み上げ、家まで器で運びました。その器のようなもので散水栓のカバーをつくろうと考えたのです。この器は、水を考える際に重要な、象徴的な意味をもっています。
岡崎乾二郎(日本)
この作品がつくられていた頃、それは造船所に横たわる船の竜骨のようであり、シロナガス鯨のあばら骨のようでした。6個の排気口をおおう構造を、岡崎はコンピューターを使って美術作品に仕上げたのです。線にはいろいろな表情がありますが、この線には日本と西洋の文化的な段差をこえた普遍的な美術言語で語ろうと努力している日本作家の自己表現が見えるのです。
伊藤 誠(日本)
伊藤誠がつくる作品はある面から見ると平面的ですが他の側から見るとまったく違って見えるという空間です。今回のデパートの脇にあるペデストリアンデッキ下のドライエリアは普通は自転車置場などになる場ですが、作家はここを逆に楽しい空間に変えてしまいました。建築上のデットスペースは動物たちや子どもと同じようにアーティストにとってもライブスポットなのです。
袴田京太朗(日本)
袴田京太朗の特色は開口部の不思議な造形です。それはいわば植物の食虫花のもつ一種あぶなげな魅力です。また同時に鉄を使いながら鉄を意識させない面白さがあります。彼の作品にはものをつくりはじめる前の一種の「何にしようかな」というハラハラドキドキするような心のときめきが感じられるのです。
長澤伸穂(日本)
長澤伸穂は大地のなかで土を建物のようにもりあげ野焼きした作品を以前つくりました。それ以来、つくられる場所のもっている特性や時間的なものにこだわってきているようです。この地域に幼い頃住んでいた記憶としてのトンボと日本で最初の飛行場があり、米軍の基地でもあった立川の歴史を組み合わせて、飛行機とトンボが変化していく形をつくったのです。
エステル・アルバルダネ(スペイン)
エステルは窓の外を所在なげに見て、何かを待っている女性をよく描きます。その女性たちが頭に乗せているのは魚や月形のもので、それが何なのか聞いても教えてもらえませんでした。女性たちがいつも待っているだけなのが同じ女性である彼女には残念なのです。彫刻の形はシンプルですが、確かなデッサンに支えられた姿は美しい。犬は作家の大好きな動物です。
メナシェ・カディシュマン(イスラエル)
彼は主として鉄板を使った立体をつくりますが、それ以外の仕事のなかにも羊がよく出てきます。羊は人間の悲劇とともに歩んできた彼の友達なのです。彼はユダヤ人で、アラブとイスラエルの戦争の悲劇をテーマにしていることも多いのですが、そこには自分の出身や民族の範囲をこえた人間の悲しさが出ています。彼の仕事からは鉄がやわらかな素材だということが伝わってきます。